移住について 4 仕事探し 子どもの保育園

しばらく働かんとこかなと思ったけど、息子つっきーは保育園に行った方が友達もできていいはず!ってことで、保育園の申し込み、仕事探しをはじめました。

保育園は4月から入園が決まりました。私の住んでいる地区の保育園は空きがあり、いつでも入園可状態でした。こっちは保育園がいっぱいあります。働くお母さんが多いんだよね。


仕事はこれまたトントン拍子に決まってですね、保育園の時間内で働ける仕事ゲット。
某ゴルフ場で息子の入園に合わせて働くことになりました。
時給610円。10:00〜18:00。土日祝休み。
すごいでしょ〜ここは日本か?状態ですよ。でも、こっちではまあ普通。
平均630〜650円くらいっぽい。


仕事ないって言われてるけど、ある。もちろん、あれいやこれいやって条件つけてたらないよ。
調理系、福祉関係、マリン系の資格があったら職がみつかりやすい感じです。
ホテル系はなにかといつも募集が出ているように思います。

ハローワークに行くのも一つの方法ですが、友達や知り合いを作って求職中ということを伝えればコネでみつかることが多いです。
宮古島では口コミが非常に大切です。
友達いっぱい作りましょう。

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移住について 3 引っ越し

引っ越しは車を運ぶために有村産業の船で移動です。
2006年3月9日深夜、愛車ゴルフにパンパンに荷物を詰込み宮古島に向けて出港しました。
費用は割引がきくからとコムレイドクラブに入会し、8万ちょっとでした。
着くのは3月11日早朝。船で3泊です。飛行機やったら二時間半とかやのに。やっぱり宮古島は遠いところやなと実感。

犬は船に乗せず、飛行機で運ぶことにしました。

船内では子連れの友達もでき、けっこう楽しく過ごしました。
ちょっとだけ船酔いしましたが、まあ大丈夫でした。船内にシャワーしかなかったのが残念。

3月10日午前8時那覇到着。
宮古行きは20時出発なのでそれまで船から降りることに。
バスに乗り国際通りを歩き、都会すぎてうんざりし、ビルの一角にある銭湯で汗を流したりしてあっというまに出航時間に。

宮古までもう少し!那覇〜宮古間でも子連れの友達ができ、いっぱい話をしました。
今でも大事な友達になりました。

そして3月11日早朝4時に宮古、平良港到着。

やっと到着!

家は前借りていた人がきれいに使ってたみたいで、軽く拭き掃除するくらいで荷物を入れることができました。

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移住について 1 宮古島を選んだきっかけ

宮古初上陸は2005年9月でした。
当時福祉系大学4回生だった私は、卒業論文を書くために来ていました。

テーマは宮古シャーマン ユタについて

2週間平良市内のゲストハウスフェーヌカジに滞在し、図書館に行ったり実際ユタにあったりして調査をしていました。


ユタってゆうのは簡単にいうと占い師みたいってゆうか。
地域密着型占い師、そこらへんのおばちゃん(やたら感が鋭い)、、そんな感じかなぁ。
信用する人もいるし、あんなんウソウソ!ってゆう人もいるし。
私は信じてる方やけど、何か言われたからってそれに振り回されるのはダメよと思う派。
ユタ ウィキ


そうそう、このユタは沖縄だけじゃなくて奄美大島など南西諸島いろんなところにいます。
卒論調査の場所を宮古に決めたのは過去に私の弟と祖父が来島し、サイコー!だということを聞いてたからです。沖永良部島かどっちにするか最後まで迷ってましたけどね。なぜ沖永良部島かって、名前がかっこいいから 笑 今調べたけど、宮古と同じサンゴの島でハブいないらしい。宮古っぽいところが好きなのかもしらん。無意識に選んでたんかな。

宮古を飛行機の上空から見た時、なんか見たことあるなこの風景と思いました。
どこと似てたんやろ、わからんけど。
それから島内ウロウロしてて、道路を見ても、さとうきび畑を見ても、コンクリート住宅スラブ屋を見ても、なんかやたらと懐かしい。特に城辺あたりの景色がなんとも言えない安心感。さとうきび畑の間のまっすぐな道を走ってると「ここ知ってる!(来たことないのに)」状態。

あーこんなところに住みたいなぁ、って思いながら卒論資料を集め大阪に帰りました。

当時読んでた本
文化人類学―カレッジ版 文化人類学―カレッジ版
波平 恵美子、青木 恵理子 他 (2002/01)
医学書院

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暮らしの中の文化人類学 平成版 暮らしの中の文化人類学 平成版
波平 恵美子 (1999/10)
出窓社

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いのちの文化人類学 いのちの文化人類学
波平 恵美子 (1996/08)
新潮社

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病むことの文化―医療人類学のフロンティア 病むことの文化―医療人類学のフロンティア
波平 恵美子 (1990/05)
海鳴社
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ユタが愛した探偵 ユタが愛した探偵
内田 康夫 (2002/12)
徳間書店
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恐山殺人事件 恐山殺人事件
内田 康夫 (2006/06/13)
光文社
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治療文化論―精神医学的再構築の試み 治療文化論―精神医学的再構築の試み
中井 久夫 (2001/05)
岩波書店
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宮古島シャーマンの世界―シャーマニズムと民間心理療法 宮古島シャーマンの世界―シャーマニズムと民間心理療法
滝口 直子 (1991/01)
名著出版
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新 ぴるます話 佐渡山安公(太陽が釜の人)

中井久夫 治療文化論
出版社/著者からの内容紹介
何を病気とし,誰を治療者とし,何をもって治療とするのか.普遍症候群・文化依存症候群・個人症候群の軸を立て,精神病理と文化をさまざまな角度から考察する.治療の仕方,患者・治療者関係をはじめ無数のことがないまぜになっている「治療文化」から精神医療を根源的に問い直し,人間理解への新たな視点を開く画期的論考.

この本のここで私のハートはがっちりですよ。卒論のテーマをこれにしようと決めたきっかけになりました。
誰が病気って決めたの?特に精神病なんか、あれほんまに病気で、病院に行って、お医者さんに薬出してもらって、完治するもんなんかな、って。

宮古移住から話がそれました。この話の続きはまたの機会に。

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移住について 2 二回目の宮古来島

宮古から帰ってきた私は完全に宮古病でした。毎日毎日青い海のことばかり考えてました。
目を閉じたらサトウキビ畑が広がってました。それを振り切り卒論を完成、提出。
旅費が安い2月に息子と二人で遊びに行こうってことに。

あー住みたい住みたい住みたい、、、とぶつぶつ言ってました。

そしたら、仕事の関係で各地に顔がきく母のコネクションで宮古島の知り合いゲットです。
遊びに行くのではなく、引っ越し先の家を探しに行く旅ってことになりました。滞在は一週間。

そんなん簡単に家なんかみつからんわ、うち犬おるし、マンション絶対いややし。
見つかったらラッキーやなーと思ってました。

実際、不動産屋とかでは一軒家の賃貸はなかなかないと言われましたし、知人友人の口コミでもみつかりませんでした。
じゃあレンタカー借りてウロウロ空き家探ししようってことに。

レンタカー屋のおっちゃん「宮古何しに来たの?」
私「空き家探しです。」
レンタカー屋のおっちゃん「じゃあさ、いい家あるから今から見に行こう。」

ってことで家を見に行きました。2DKの小さい一軒家。うーん、狭い、、、と思ったけど、まあいいやまた家探しすりゃいいさってことで、大家さんちへ。

無事に借りることができました。もちろん、室内犬オッケーですよ。

すっげートントン拍子に進んだんですよ。もうここに住むしかないってくらい、スピーディーに。

これが2006年2月末の出来事でした。
家が決まったなら引っ越しはいつにするか。

母「3月12日くらいに宮古島行くから(仕事)その時引っ越ししーや、手荷物でいろいろ持ってったるし」

ってことで大阪に帰ってきてから孟スピードで引っ越し準備。10日くらいしかなかったし。
ひたすら箱詰め、ゴミ出し。
大阪で借りてた家の後始末は残った家族に頼みました。

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